最近では、企業年金(DC・DB)やiDeCoプラスなどの退職金制度を積極的に取り入れる中小企業が増えてきました。その中で2018年4月1日に設立された中小企業の退職金制度のひとつである「はぐくみ企業年金」について解説します。
(令和7年1月14日更新)
はぐくみ企業年金とは?
はぐくみ企業年金は正式名称を「福祉はぐくみ企業年金基金」といい、厚生労働大臣の認可を受けて2018年4月1日に設立された企業年金制度です。
企業年金制度としては「確定給付企業年金」(DB)に分類されます。
はぐくみ企業年金は、福祉や医療業界など、福祉業界や医療業界の福利厚生支援を目的として創設されましたが、現在ではさまざまな業種業界で利用されています。
はぐくみ企業年金は高齢期の資産形成を目的とした制度ですが、退職時や休職時、育児・介護休業時などにも給付の受け取りが可能なのが特徴です。
選択制企業年金の「選択制確定給付企業年金」を採用しています。
※選択制企業年金
給与体系を変更して前払い退職金制度を導入した上で、その前払い退職金を企業年金の掛金とする制度。
「前払い退職金」として今受け取るか、「退職金」として退職時に受け取るか選べることから、一般的に「選択制」と呼ばれています。
はぐくみ企業年金の運用
基金の運用は、複数の国内大手生命保険会社などに委託して行われます。
加入者の元本は保証されます。
はぐくみ企業年金の利回りは10年国債の利回りに連動して決定される制度で、2024年度より加入者の積立金の残高に対し、0.1%の利息(年利)が付利されています。
万が一運用がマイナスになることにより基金に積立不足が生じ、財政再計算時にも積み立て不足が計上されていた場合は、事業主がその分を補てんします。
加入条件
加入できる企業
- 継続的な制度実施が前提条件
- 厚生年金の適用事業所
- 事務業務委託会社の株式会社ベター・プレイスによる審査があります
加入できない企業
- 個人事業主(法人格のない個人事業所)
- 債務超過である場合
- 公序良俗に反する企業(反社会的勢力である企業)
- 「就業規則」、「給与規程」がない場合
育児・介護休業規程(2022年4月・10月施行の育児・介護休業法に対応済のもの) - 役員のみの法人
グループ法人として同時導入の場合は、導入可能です。
厚生年金に加入している「使用人兼務役員」が2名以上の場は、導入可能です。 - 役員が厚生年金に加入しておらず、厚生年金加入対象者が3名未満の法人
- 設立1年未満の法人
- 厚生年金適用年月日から1年を経過していない事業所
学校法人や導入済み法人内の新規適用事業所は除きます。 - 風営法の規制対象である業種の場合(接待を伴う飲食店、パチンコ、ゲームセンターなど)
加入対象者
- 厚生年金被保険者で70歳未満の人
- 厚生年金保険被保険者であれば、経営者や役員層も加入可能
- 厚生年金被保険者であれば、パートやアルバイトの人も加入できますが、「最低賃金」に抵触しないようにする必要があります。
- 厚生年金保険被保険者全員が加入対象(一部の従業員のみは不可)
他制度との併用
中退共や小規模企業共済との併用が可能です。
確定拠出年金(企業型DCやiDeCo)との併用が可能ですが、企業型DCやiDeCoの掛金限度額が変わるので注意が必要です。
令和6年7月31日に開催された厚生労働省「第36回 社会保障審議会企業年金・個人年金部会」において、現在は認めれらていない企業型DBとiDeCoプラスの併用を、企業型DB実施企業でもiDeCoプラスが実施可能となるよう条件の見直し検討されました。今後の動向に注目です(2024.11.19時点)
脱退
事業所ごと育み企業年金を脱退する場合する場合は、労使合意を取り付け脱退手続きが行われます。
積立不足がある場合には、その不足額を特別掛金として一括で負担する必要があります。
掛金
はぐくみ企業年金に加入するか、しないかは役員・従業員自身が選択できます。
労使合意のもと「前払い退職金制度」によって現在の給与の一部を減額し、その減額分を「前払い退職金手当」とすることで、はぐくみ企業年金への掛金原資を創出します。
掛金原資のすべてをはぐくみ企業年金の掛金にする必要はありません。
加入者は、原資の一部を掛金にしたり、残りを給与と一緒に受け取ることも可能です。
標準掛金 = 基本掛金(本人) + 加算部分(企業)
- 本人掛金(基本掛金)と会社加算の合計額が0円でないこと。
- 標準掛金の上限額は基本給の20%または40万円のどちらか低い方です。
- 「基本掛金」は「前払い退職金」に相当する部分で、その中から1,000円以上かつ1,000円ごとに本人が掛金を選択します。
- 「加算部分」は企業側で設定が可能です。対象者は役職や雇用形態、勤続年数等で設定できますが、差別的な設定はできません。
- 掛金変更は法人ごとに年2回を原則として設定することが可能です(条件による)。
- 加入1ヶ月以上で退職された場合でも積立額の全額を受け取ることができます。
事務費掛金
標準掛金のほかに加入者数に応じて事務費掛金がかかります。
事務費掛金は税法上、全額損金として扱われます(消費税はかかりません)。
加入者数 | 加入者1人当たりの事務費掛金/月 |
---|---|
1人以上500人以下の部分 | 490円 |
501人以上1,000人以下の部分 | 450円 |
1,001人以上の部分 | 410円 |
制度脱退(資格喪失)
資格喪失
実施事業所を退職したり、70歳になると、加入者の資格を喪失し、基金を脱退します。
資格喪失理由
- 退職(退職日の翌日)
- 休職、育児・介護休業した場合(休職・休業開始日)
- 厚生年金の加入者でなくなった場合(厚生年金非適用になった日)
- 70歳に達した場合(誕生日の前日)
- 会社が定める加入対象者でなくなった場合
- 死亡した場合(死亡日の翌日)
※産前産後休業は資格喪失対象期間になりません。
資格喪失時の選択

移換(年金ポータビリティ)
退職時に脱退一時金を受け取らずに、転職先の年金制度や企業年金連合会等に脱退一時金相当額を持ち運び(移換)することができます。

繰下げ
休業・休職によって資格喪失をした際に、脱退一時金(積立金)を受け取らず、復職などで再加入したときにそのまま運用を継続することができます。
繰下げ可能な期間
休職等が終了する日の翌日まで。
繰下げ中はいつでも脱退一時金の支給を申し出ることができます。
給付金の受取の種類

脱退一時金
退職に伴う給付 | 退職所得(退職所得控除) |
退職以外(休職・休業・70歳時在職等)の給付 | 一時所得(一時所得) |
出産や介護で休職する場合、中断する(受け取らずに保留して復帰時に再開する)か、または全額受け取る(一時所得)か、選択できます。
老齢給付
加入者期間20年以上の人は、年金で受け取ることもできます。
年金は本人の希望により一時金として受け取ることもできます。
・課税について
年金受取の場合は雑所得として公的年金等控除が適用されます。
・老齢給付の繰下げ
70歳に達する日の属する月まで、当該老齢給付金の支給を繰り下げることを申し出ることができます。
また、支給を繰り下げている人は、老齢給付金の支給をいつでも申し出ることができます。
遺族給付金
加入者の他、老齢給付金の支給を受けている人が死亡した時は、遺族に遺族給付金を一時金として支給します。
遺族給付を受けられる遺族の優先順位は以下の通りです。
1.配偶者
2.子
3.父母
4.孫
5.祖父母
6.兄弟姉妹
・課税について
遺族給付金としてお支払いする場合は「みなし相続財産」として扱われ、相続税法上の相続税と同様に課税されます。非課税枠は、500万円×相続人の数となります。
はぐくみ企業年金のメリット
- 役員などの経営者も加入することができる
- 加入者の元本は保証される
- 退職時のほか、出産や介護で休職する場合に脱退一時金を受け取ることができる
- 社会保険料・税金(所得税・住民税)の軽減
- 結果として手取り額を増やすことができます。
はぐくみ企業年金のデメリット
将来もらえる公的年金が減る可能性があります。
上記メリットである社会保険料の軽減によって、老齢厚生年金や失業手当、育休手当等もその分少なくなります。
導入時には、まとまった金額の初期導入費がかかります。
また、はぐくみ企業年金制度を解約する場合、まとまった額の解約手数料がかかります。
掛金拠出による負担額比較
前払い退職金を支給し、本人掛金拠出とした場合と、給与として受け取った場合の負担額の変化をシミュレーションしてみました。
<例>
40歳未満の独身・基礎控除のみ・通常の月給28万円
【本人掛金拠出】前払い退職金1.5万円を本人掛金とした場合
【本人掛金拠出せず給与としてもらう】前払い退職金1.5万円を給与として受け取った場合
(2024年11月現在の法令に基づき試算)


28万円の月給に前払い退職金1.5万円を全額本人掛金として拠出した場合は、従業員・事業主ともに社会保険や税の負担は増えません。
28万円の月給に前払い退職金1.5万円を全額給与として受け取ると、給与額面は29.5万円となり、従業員の社保税負担が4,068円増加、会社の社保負担が3,087円増加します。
前払い退職金1.5万円を給与としてもらっても手取りは10,932円しか増えません。
老後資金の積み立てをするならば、前払い退職金を本人掛金として拠出した方が効率的に老後資金が貯められると言えます。
はぐくみ企業年金の考察
前払い退職金を掛金として拠出したことによって、すべての人の社会保険料や税金が軽減されるわけではありません。
拠出額が少ないと、社会保険料の等級が下がらなかったり、等級が下がっても微々たる金額の可能性もあります。
社会保険料・税金の軽減(手取り額の増加)の効果を得られやすいのは、比較的給与水準が高い人になるでしょう。
はぐくみ企業年金は退職時のほか、休職時、 育児・介護休業時にも受け取り可能という柔軟性は、従業員にも受け入れられやすいかもしれません。
はぐくみ企業年金が発足して間もないこと、元本保証だけれどインフレ対策になるほど運用利率が高くないことを鑑みると、退職金制度の「iDeCoプラス」のメリットとデメリットの裏返しになります。
事業所の状況に合わせて使い分けや他の制度との併用なども合わせてご検討下さい。